専攻科特別実習発表会

2020.10.19に,専攻科生による特別実習発表会を実施しました。それぞれが9月に10日間参加したインターンシップの報告会をみんなの前で行うものです。コロナ禍の中,快くお引き受けいただいた企業の皆さまに感謝いたします。

初宿直と自由と自己責任

 鷹林です。

 今月は初宿直でした。コロナで学年歴が大幅に変更となったため、秋のデビューとなりました。しっかりした寮生さん達に対して、こちらは何も分からず、寮母さんに手取り足取りでしたけど。

 私も大学~大学院時代の10年間は共同生活でした。民間の寮(一般社会人も含んだ)だったり、部活の合宿所だったり。正に起きて半畳、寝て一畳でした。年寄りくさいですが、若い時分に他人の釜の飯を食べて集団生活をするのは、古今東西を問わず、推奨されるべきことかと思います。海外でエリート校とされているものの多くも該当します。歳を取って仕事に追われるようになってからは、難しいことです。

 昔ながらの学生下宿的なものは、時代の趨勢からか、減っていく運命にあるようです。そんなご時世でも、国立機関で寮まで完備されている高専は、社会的に優遇された組織でありますね。

 一学年200人、全五学年+専攻科を合わせても1,100人程度の学生数です。国公立大学だと、文学・法学・経済学・理学・農学・医歯薬学…と分野は広くはなるものの、一学年3,000人程度、私立になると10,000人程度にもなります。

 学生一人あたりの国家的設備投資額を考えると、高専はかなり恵まれた環境にあります。

 確かに、高専は大学ほど自由ではありません。しかし自由には「責任」というものが付いてきます。高専の教職員は押し並べて面倒見がいい方ばかりの一方、大学/大学院は自由放任で自己責任です。善し悪しではなく、立ち位置の違いです。

 この違いが、高専から大学/大学院に進学した学生達が一番戸惑う点です。

 国家的設備投資額と面倒見を踏まえると、高専にある程度校則・規則があるのは仕方のないことではないかと思います。それに、高度経済成長時の産業界への技術者の投入という、高専当初の目的は果たしました。高専はどこに進むべきか?の時代です。自由だけでは、納税者に説明がつかないでしょう。

 しかし夜早く寝る私にとっては、宿直は夜更かしでした。翌日眠いのなんのって。

 

講義と演習と評価

 鷹林です。

 講義をしていると、「問題演習がない」という意見を受けました。ふむむ、そういう見方もあったかと。意見はWelcomeです。ちょっと考えてみたいと思います。

 確かに小学校から、(説明)講義と(問題)演習は不可分なものでした。「さあ、それでは問題を解いてみましょう」と。

 学齢が上がるにつれて、両者は次第に分離していきます。大学になると完全に分離します。普通高校から大学へは、大学受験という明確な分け目があります。他方、中学校卒業から5年間シームレスに繋がっていく高専では、同等の教育課程ながら、その明確な分け目がありません。

 では、なぜ分離していくのか? 理由の一つとしては、「時間が足りない」ということがあります。「え゛、これ以上どうするの?」って。わかります。高専生の皆さんは大変ですよね。ハードなカリキュラムをこなしていることに日々感心してます。

 学習内容が高度になるにつれて、講義説明だけで時間を要し、また問題を解くにも時間を要します。とても時間が足りません。それに、問題を解かせている間って、退屈なんですよね・・・すいません。眉間に冴える三日月形!!

 もう少し深く考えてみましょう。世の中では、有形無形の課題を解決していくことで社会が成立し、個々人がそれから評価報酬を得て生活でき、そして社会は回っていきます。模範解答なんてありませんから、「基礎学力」がものを言います。そこに点数評価はなく、絶対的な価値観もありません。価値は押し並べて相対的なものです。

 そのため授業では、基礎説明を徹底するようにしています。自ずと問題演習の時間が削られます。ひたすら問題を解きまくったり、模範解答を丸暗記するのは、資格試験・入試には有効でしょう。しかし、試験の後はどうします? ま、受かるための勉強がまず要るんですけどね・・・。

 そう結局人間は、相対的価値観には本能的不安を覚えるようです。社会的動物であるためと思います。順位・ランキング・偏差値・得点・ナントカ賞が、主にマスメディアを通して、世間に絶えることはありません。安心な拠り所として。

 特に日本社会においては、古来農耕社会であった故か、狩猟民族性に繋がる学校や資格を通じて何を学び得て成してきたかよりも、どの学校の入学試験に受かり、どの資格試験に受かったかという所属の保証が評価対象とされがちです。

 このような数値による評価は、最も公正と”言い訳できる”制度です。

 学校という組織制度では、運営上、試験評価を導入することは避け難いことです。改善には知恵を絞ってく必要があります。しかし学生の皆さんには、点数に囚われて最も大事なものを忘れないようにして欲しいなぁと思います。都合良い言い方なのですが。

 つまり、「どう学び、それをどう人生に活かすか」を。

 高学年になってくると、自由の幅が効いてきます。卒研しかり、選択科目しかり。次第に絶対的価値観がなくなってきます。ましてや、グローバルな現代社会です。価値観は多様です。

 しかし、世の中で確かなことはあります。「成功するには、如何に自由に耐えられるか」、ということです。